◆武道教室(一般男女) 空手発祥の地である琉球空手と古武術の稽古を行っています。心身の鍛錬、合理的な身体の使い方、護身術、精神鍛錬に・・・女性や初心者でも個人の体力・年齢に応じて指導します。

初心者は「基本」を大切に、どなたでも必ず習得できるように指導します。
ストレッチ・受け身・基本・移動稽古・型・相対稽古をメインにしていますが、ときに身体を調整する療術法や呼吸法なども指導します。

◆稽古日:

・第1・3土曜日15:30~17:00
・第2・4日曜日15:30~17:00
※子供 15:30~16:30まで

 

古の達人が残した技を追求・探求し、日常生活(人生全般)に活かせる武道を目指しています。また、参加者のレベル向上に応じて指導内容もより深めていく内容です。日本の伝統武道の奥深さに触れてみませんか。古の達人の境地を体現すべく、日々鍛錬しています。

 

◆不動智流(会)について

不動智会は琉球空手、古武術の稽古を行う実践古武道の道場です。古の達人が残した技・精神を追求し、人生にも活かせる武道を目指しています。また、参加者のレベル向上に応じて指導内容も変化・進展させていきます。

 

「琉球空手や実践的な古武術を学んでみたい」、「護身術を身に付けたい」といった目的以外にも、精神修養の一環まで武道は大いに役立ちます。


稽古の流れ

1:準備体操

2:受け身・その他

3:基本・移動稽古+基礎体力訓練

4:体術・護身術

5:組手又は型

6:礼にて終わり
※年に1~2回、希望者には昇級審査を実施します。


〇武道の究極の技・・・禅問答のような話
 

「最高の技とは何だろうか・・・?」
 
ある若き熱心な武術修行者が、ふと頭に疑問が浮かびました。

 

そこで、その修行者は思い切って老師(達人)に質問をします。
 
「老師、最高の技とは・・・どんな技でしょうか?」と。
 

 

彼は考えます。


「相手を打ち抜く強力な突きだろうか?」
 
「それとも相手の脚をへし折る強力な下段蹴り?」
 
「または一刀で断ち切る抜刀術なのか?・・・」
 


老師は、若き修行者が頭に浮かんでいることがわかっているかのように言いました。
 
「違う、違う。そんなものではない。そんなものは初歩の初歩じゃ。
 

最高の技とは殺しに来た相手と友達になることじゃ」と。   
 

「???」


・・・これが究極の技であり、武道の究極のゴールです。
 
「対立する技」から「対立しない術」へ。

 

この大いなる矛盾、禅問答のような壁を超えた人だけが、武の達人へと昇華したと言われています。

 

 

武道の達人は「人生の達人」でもあったのです。

 

 

以下、道場を選ぶ際の参考にして頂ければと思います。
 
武道と名の付く教室・道場が世の中にはたくさんあります。
どこに通われるか、選択する際の一つの参考にして頂ければという思いで記載しております。また、ここでの武道(不動智会)に対する考え方も併せて紹介させて頂きます。
 


〇自己紹介と武道観
 私(指導者)の簡単ではありますが、格闘技と武道歴です。
幼少より、琉球空手・日本の古武術を学んできました(います)。厳しい師に付き、奥深い日本の伝統武道を長年に渡り稽古を重ねて今日に至ります。武道歴は間もなく30年を迎えますが、今現在も自分自身の稽古を怠っていません。古の達人が残した境地を体現したく、日々修練に取り組んでいます。


なぜ、飽きずに30年近くも稽古を続けてこれたのか?
 
それは、武道の教えが、日常生活を過ごすうえでとても役立つからです。
特に困難に直面した際の精神的支柱として、さらに困難との向き合い方で何度も救われました。


誰でも生きていれば、
思い通りにいかないとき、壁にぶつかるとき、人間関係で悩んだとき、恐れと向き合わなくてはいけないとき、とっさの判断力が求められるとき・・・そういった困難が目の前に現れることが少なからずあると思います。そういった日常で起こる困難に、武道での経験・学びは役立ちます。
 
困難との向き合い方、相手とのコミュニケーション能力、判断力、そしてイザという時に身を守る護身術、どれも今の時代では必須なスキルであると思っています。
 


〇混同していませんか?格闘技と武道を

道着を着たから、武道をしているわけではありせん。

長年、武道に取り組んでいると、似て非なるものである格闘技との違いをはっきりと認識するようになりました。「格闘技」と「武道」を混同される方が多いようにも思います。
 
そういう私も一昔前は、「武道」と「格闘技」を混同していました。この辺りの話は非常に長くなるので、割愛しますが、ルール(試合があるもの「格闘技」)があるものは、武道ではなくスポーツ、または格闘技です。スポーツや格闘技と武道はまったく違うものです。
どちらが良い悪いという話ではありませんが、茶道と卓球が違うのと同じです。


試合に勝つこと、蹴り合い・打ち合いなどの我慢比べ(根性論)、相手を打ち負かすことが本来の武道の姿ではありません。武道には、先人が生死を懸けた極限の状況下で、見出した「叡智」があります。

相対的な優劣(強い・弱い、勝った・負けた、大きい・小さい)ではとても辿り着けない、世界が武道にはあります。